真空オールドローズ――記憶を手放すまで

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『事実上』XFD
『事実上』クロスフェード

「真空オールドローズ」は、Reolが作詞・作曲し、2018年10月17日発売の1stフルアルバム『事実上』に収録された曲だ。

イントロでは、ZIPPOで煙草に火をつけ、ふかす音が聞こえる。そこから始まるのは、終わった関係を切り離そうとしながら、どうしても相手の記憶から逃れられない歌だ。

「あたしには少しも関係ない」

何度も繰り返される「あたしには少しも関係ない」という言葉が好きだ。

本当に何の関係もなくなったのなら、これほど強く言い聞かせる必要はないはずなのに、相手の傷も、新しい恋も、まだ意識している。

「関係ない」は未練がない証明というより、むしろ未練を断ち切るための言葉に聞こえる。

別れた瞬間に関係が終わるわけではない。頭ではもう他人だと分かっていても、過ごした時間や感情まで一緒に消えてくれるわけではない。「少しも関係ない」と繰り返すほど、その言葉だけでは終わらせられないものが見えてくる。

街の情景が、「関係ない」を許さない

この曲を考えていて面白かったのが、西陽、東西線、午前二時という言葉だった。

西陽は沈んでいく太陽だ。そこに二人の関係の終わりを重ねる。

そのあとに現れる「東西線」という言葉も気になる。太陽は東から昇り西へ沈む。ただし地軸が傾いているため、季節によってその道筋は少しずつずれる。「薄くなぞった東西線」という言葉に、真っ直ぐには重ならない太陽の軌道まで想像してしまう。

終わったはずの関係を、綺麗に一本の線で切り分けられないことにも似ている。

騙し騙し夜を迎えることと、だらだらと日々を食らうこともつながって聞こえる。関係が終わったからといって何かが劇的に変わるわけではなく、ただ毎日をやり過ごしていく。

そして午前二時。

太陽は見えない。地球の反対側にある。

もう顔を合わせることもない二人を、地球の表と裏ほど離れた場所に置いているようにも感じる。「あたしには少しも関係ない」という言葉が、時間と距離の両方で形になっていく。

それでも、歌詞には衛星都市や観覧車が現れる。

観覧車を、回り続ける地球のように見立ててみる。そこから見えるのは、別れたあとも街の至るところに相手の記憶が残っている世界だ。

一緒に行った場所なのかもしれない。相手を思い出す景色なのかもしれない。

姿はもうなくても、街そのものが記憶を保存している。

オールドローズには、薔薇の系統だけでなく、少し灰みを帯びた柔らかな赤という色名もある。西陽を受けた衛星都市が、そのくすんだ薔薇色に染まっていると想像する。記憶を抱えた街を、夕暮れの色ごと真空に閉じ込めたものが「真空オールドローズ」なのかもしれない。

だから、「関係ない」と何度繰り返しても、生活の中で勝手に思い出してしまう。

時が殺してく

終盤で、時間の意味がさらに残酷になる。

相手を許せないまま時間だけが進み、やがて「時が殺してく」という言葉にたどり着く。

時間が傷を癒してくれる、とは歌わない。

むしろ時間が相手を殺していく。

それは本当に相手そのものが消えるというより、自分の中に残っていた相手が、少しずつ記憶の向こうへ行ってしまうことなのだと思う。

許したから忘れるわけではない。納得したから前へ進むわけでもない。

気持ちが片づくのを待ってくれず、時間だけが関係を過去にしていく。

その残酷さが、この曲の中で特に好きなところだ。

甘すぎた匂い

そして、最後に残る「甘すぎた匂い」。

ここまで考えて、題名の「オールドローズ」と初めて一本につながった気がした。

オールドローズには、ダマスク香など、濃厚で甘くクラシックな香りを持つ品種が多いとされる。ただし、すべての品種が同じ香りを持つという意味ではない。

甘い薔薇の香りに誘われて近づけば、その先には棘がある。

それを人間関係に重ねると、好きだった相手の優しさや愛情に惹かれて近づきすぎた結果、傷ついてしまった関係にも見えてくる。

優しい人だと思ったから近づいた。だから相手のことをもっと知りたくなり、踏み込みすぎたのかもしれない。

そして関係が壊れたあとには、その優しさまで疑いたくなる。

あの優しさも嘘だったのか。

そう思ってしまえば、かつて嬉しかった記憶まで、今では甘すぎる。

思い出すだけで苦しいものになる。

そこで、題名の「真空」が効いてくる。

「あたしには少しも関係ない」はずの相手を、それでもまだ思い出してしまう。

消せないのなら、せめて香りごと閉じ込めてしまいたい。

真空にして、蓋をして、「もういらない」と言いたい。

「真空オールドローズ」という題名そのものが、薔薇の香りも、夕陽に染まった街も、忘れられない記憶ごと保存しながら、もう触れないように封じ込めようとする行為に見えてくる。

完全に忘れた歌ではない。

むしろ忘れられないからこそ、閉じ込めようとしている。

その矛盾が、この曲のどうしようもない切なさなのだと思う。