「生命線」でまず惹かれるのは、ロックなサウンドと、その上に乗る抽象度の高い歌詞の組み合わせだ。

言葉も音も細かく区切られているところから、サビでは一気に開ける。その切り替わりが気持ちいい。

そして、聴いているうちに、そのサビで歌われる感覚が自分にも重なってくる。人との違いに悩むことはあるけれど、その違いから生まれる、自分だけの感覚や感動もある。自分の嫌いなところと、好きなところが、同じ感性の中にあるのだ。

『極彩色』の3曲目に収録された「生命線」は、L.Pettyが作詞・作曲・編曲を担当している。(jvcmusic.co.jp)

細かく刻まれる言葉と、サビの開放感

歌詞には助詞が少なく、漢字の多い短い言葉が次々と並ぶ。言葉同士の関係が細かく説明されていないため、一つの文章として意味を追うよりも、断片からイメージを受け取るような書き方だ。

その言葉が、間隔を切り詰めるように細かく切られた音に乗っていく。

前後の言葉がどうつながるのかを考えているうちに、もう次の言葉がやってくる。すべての意味を理解するより先に、響きとリズムに引き込まれる。

ところがサビに入ると、歌詞は普段の語り口に近づく。他の人がまだ感じ取っていないものや、知らない感動を求める気持ちが、つながった文章として表に出てくる。

歌声も、それまでの細かく刻む歌い方から、開放的な歌い方へ変わる。

断片的だった言葉が、その人の気持ちとして聞こえてくる。音だけでなく、言葉の伝わり方まで変わることが、サビの開放感を強めているように感じる。

細かく区切られた言葉と音

色素現代青写真の鍵

縛り緩急交差点に恋

サビで、一気に開ける

誰も気付かないような感覚を

独り占めしていくのさ

「生命線」(作詞: L.Petty)より

れをるの楽曲の中では、こうしたロックは珍しく感じる。それでも、言葉を細かく刻むところにも、サビで伸びやかに歌うところにも、無理がない。むしろ、その両方がれをるにぴったり似合っている。

嫌いなところも、好きなところも

人と違うことが、いつも誇らしいわけではない。

同じものを見聞きしても、気になるところや心が動くところが違う。その違いに悩み、自分のこういうところが嫌だと思うこともある。

けれど、その感覚をなくしてしまいたいわけでもない。

人とは違うからこそ、自分だけが気づけることがあり、自分だけの感動がある。悩みの種になっているその違いこそ、自分を好きだと思える理由でもあるのだ。

「生命線」のサビに共感するのは、そうした感性へのプライドが聞こえてくるからだ。

自分だけが感じ取れるものを、自分だけのものとして大切にしたい。それは、何かを独り占めしたいという欲だけでは説明できない。人と違うことで揺らいでしまう自分を、同じ感性が支えてもいる。

嫌いだった自分を、最後には好きになるという話ではない。

嫌いなところと、好きなところが、切り離せずにある。その両方を抱えながら、それでも自分の感覚には誇りを持っていたい。

そう読むと、サビの開放感も、悩みが解決したあとの晴れやかさとは少し違って聞こえる。

人との違いに悩む気持ちは残っている。それでも、自分だけの感覚や感動を求める気持ちは、はっきりと歌える。その率直さが、開放的な歌声とよく合っている。

感性へのプライドが、生命線になる

曲の最後には、「傷だらけの生命線」と「愛だらけの生命線」という二つの言葉が並ぶ。

傷が消えて、愛だけが残ったわけではない。どちらも同じ生命線にある。

そこには、人との違いに悩むことと、その違いを大切に思うことの両方が重なって聞こえる。

自分の感性が、いつも心地よいものだけを運んでくれるとは限らない。それでも、その感性があるからこそ出会える感動を知っている。だから、簡単には手放せない。

ここまで聴くと、「生命線」という題名も、単に手のひらに刻まれた線だけではなく、自分を支えている感性や、それに対するプライドを指しているように思えてくる。

自分のすべてを好きになれなくても、この感覚は大切にしていたい。

「生命線」を聴いて共感するのは、自分を悩ませる違いが、自分の支えでもあるという、その感覚なのだと思う。