松本凱旋から読み直すNo title

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ライヴで受け取った物語が、別の曲の聴こえ方まで変えることがある。「No title」は、その一曲だ。

2014年に公開された、れをるが初めて自分で作詞・作曲を手がけたオリジナル曲だ。軽快なリズムに乗せて、自分の表現や、歌を届ける相手に向き合っている。歌詞に登場する「僕」と「君」の関係も、聴き返したくなる手がかりになる。

故郷で迎えた最終公演

「新式浪漫 Neo Nostalgia」は、架空の映画の予告編やエンドロールを組み込んだ公演だった。曲順や映像を通して物語を辿る構成に、Reol自身の過去も重なっていく。2023年3月5日の最終公演は、故郷のまつもと市民芸術館で行われた。かつて彼女が、ステージに立つことへ憧れを抱いた場所だ。

この日のMCでReolは、心のどこかに残してきた「彼女」と向き合う決心を語った。本編の終盤には「ゆーれいずみー」「煽げや尊し」があり、アンコールでは故郷の祭りの曲「松本ぼんぼん」のリミックスも披露された。

「煽げや尊し」は、Reol自身が故郷の祭りを背景に、自分なりの盆踊りを作ったと語る曲でもある。そこで、この三曲を、ここにいない存在を迎え、もてなし、送り出す流れとして聴いてみる。「ゆーれいずみー」で迎え、「煽げや尊し」でともに踊り、「松本ぼんぼん」で送る。故郷に残してきたものと、音楽を通してようやく向き合えたのではないか。これは自分なりの読みだけれど、この公演をそう捉えたとき、「No title」の歌詞にも重なるものを感じた。

凱旋に重なる「僕」と「君」

歌の中の「僕」をれをるに、「君」をMCで語られた「彼女」に重ねて聴いてみる。すると、夢見ていた姿になれたかを問い、もう帰れないところまで来たと感じる歌の言葉が、故郷へ戻ったこの日の姿と重なってくる。相手に歌を届けようとする思いも、凱旋という出来事に結びつく。かつて離れていった感情が、旋律になって戻ってきたのではないか。そんなふうに考えた。

「僕」と「君」の捉え方は逆かもしれない。「彼女」が誰を指すのかも、一つには決められない。それでも、故郷に戻り、音楽を志した場所に立ったReolを思い浮かべると、この歌の中の二人の距離が違って感じられる。公演を踏まえて聴き直したことで、「No title」に重なる景色が増えた。