1LDK――イヤフォンの 向こうにいた 人
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「1LDK」は、音楽への憧れと、好きだからこそ生まれる苦しさを歌った曲だ。誰かの歌に救われながら、その才能に焦がれ、自分との差に苦しむ。それでも音楽を嫌いにはなれない。そんな割り切れない愛情が、この曲にはある。 (realsound.jp)
歌詞では、都会での暮らしに疲れ、劣等感を抱えた「僕」が、イヤフォンから聴こえる声を求めている。その声は、うまくいかない現実を違って見せてくれる一方で、自分を正してもくる。憧れの人が理想の先にいるから、今の自分を嫌になりながらも、どうにか持ちこたえられる。音楽を心の支えにすることの中に、慰めだけではない厳しさもある。 (uta-net.com)
曲の後半では、音楽や芸術を突き放す言葉が続く。それでも最後には、再び憧れの歌声を求めている。嫌いになれたら離れられるのに、どうしても好きでいることをやめられない。その苦しさが、音楽への強い拒絶になっているように感じる。 (uta-net.com)
さらに、それまでの「イヤフォンの向こうで」が、最後には「向こうへ」に変わる。憧れの声を聴いていた人が、その向こう側へ手を伸ばしているようにも読める。音楽に苦しんでも、その音楽によって日常が変わることを知っているから、憧れを手放せないのだと思う。 (uta-net.com)
けれど、ライヴでは「新式浪漫」から「もうくたばれ」を歌わなくなった。音楽を憎みたくなるほどの思いも、好きだからこそ苦しかった過去も、なかったことにはならない。それでも、その一言を口にしなくなったところに、音楽を続けてきたことへの気持ちの変化を感じる。
「新式浪漫」の松本公演で、Reolはファンとの出会いを振り返り、やってきたことは無駄ではなかったと思えるようになったと話していた。苦しいときに逃げ込んだ音楽を続けた先で、今度は自分の歌を聴きに来てくれる人たちと出会った。その実感が、音楽を好きでいる自分を支えるようになったのではないか。 (news.joysound.com)
音楽に傷つけられることはあっても、それによって得たものまで否定したくはない。あの一言を歌わないReolからは、そんな思いが伝わってくる。「1LDK」に残る葛藤を知っているからこそ、今もこの曲を歌いながら、その言葉は口にしないことに、音楽への愛情を感じる。 (news.joysound.com)
自分にも、この曲と重なって忘れられないMCがある。親との別れで空いた穴を埋めるように音楽を作ってきた、という話を聴いた。自分も高校二年生で父を亡くしている。彼女が自身の過去を話しているのに、まるで自分の話を聞いているようだった。
経験してきたことも、その後の人生も違う。それでも、同じ高校二年生という進路や人生に悩むタイミングで父親を失ったときの気持ちを、彼女も知っている。そう思うと、ステージとの距離が急に縮まった気がした。その話と「1LDK」が重なったとき、涙が出た。
かつて音楽に救いを求めていた人が、今度は自分のところへ歌を届けている。憧れの人の歌を聴くことと、その人もまた誰かの歌に支えられてきたのだと知ること。その両方が重なって、「1LDK」は自分の人生にも触れる曲になった。
誰かの音楽に救われることを歌ったReolが、自分にとって、その誰かになっていた。この曲を聴くと、歌に支えられる側と歌を届ける側が、イヤフォンを挟んでつながっているように感じる。


